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すんぷ夢ひろば|風呂

家康公の功績の影には女性たちの活躍があったからこそといわれています。そんな時代を生きた女性たちをお風呂の名前にしました。泰平の世を夢見る女性になったつもりで幸せの時をお過ごしください。

営業時間

10:00~23:00 ※最終入場22:30

露天風呂  10月~4月  10:00~20:00
   5月~9月  10:00~21:00

西郡の局の湯~温泉~

内湯でもっとも広い天然温泉のお風呂です。
緑あふれる露天を眺めながら、ゆったりとご利用いただけます。

<物語>
家康公12歳の時の側室で最初の側室と言われている。
正室の瀬名姫が今川氏真の人質として駿府にいたため、正室より先に家康とともに岡崎城に入った。次女の督姫を生み、晩年まで家康公に仕えた。

西郡の局の湯~温泉~

温泉成分と効能

泉質 ナトリウム・カルシウム-塩化物冷鉱泉(高張性・弱アルカリ性・冷鉱泉)
浴用の効能 神経痛、関節痛、疲労回復など

下山殿の湯~ジェットバス~

浴槽から噴き出る泡が心も体もリラックスさせてくれるジャグジーです。泡のマッサージ効果で体を温めるだけでなく、血行も促進してくれるお風呂です。

<物語>
本能寺の変ののち、旧武田領が家康公支配下となり、家康公41歳の時に側室となる。
家康公よりも23歳年下で、五男信吉(武田性を継ぐ)を生む。

下山殿の湯~ジェットバス~

於大・於富の湯~日替り風呂~

季節に合わせた日替り風呂が楽しめます。

<物語>
家康公の生母である於大、祖母である於富。共に戦国の女性として数奇な運命を歩み、晩年まで家康公に関わった。祖母の於富は、家康公が16歳になるまで駿府で養育した。また、母の於大は天下人となった家康公にとても大切にされたといわれている。

於大・於富の湯~日替り風呂~

小督の局の湯~薬湯~

じっくり染み渡るお湯につかりながら、漢方独特の香りが楽しめます。生薬成分の保湿効果により肌に潤いを与える漢方「漢方湯」を使用しています。

<物語>
於万の方として知られる側室で、湯殿で家康公の着替えを手伝った折、家康公の子を身ごもったといわれている。
妊娠により築山殿に強い折檻を受けたため、城外に逃がされ二男於義丸を生む。秀康が北の庄城でなくなると、嘆きのあまり家康公の許しを得ずに出家してしまったが、このことにお咎めはなかった。

小督の局の湯~薬湯~

お久の湯~ジェットバス~

浴槽から噴き出る泡が心も体もリラックスさせてくれるジャグジーです。泡のマッサージ効果で体を温めるだけでなく、血行も促進してくれるお風呂です。

<物語>
家康は6歳から人質生活を送ることとなる。
最初の3年間は尾張の織田家、その後の12年間を駿府の今川家で過ごした。1560年19歳の時、桶狭間で織田信長の奇襲を受けた義元が討死したことを機に、15年間におよぶ人質人生に終わりを告げた。

お久の湯~ジェットバス~

陰山殿の湯~美容風呂~

女性専用!ワイン色に波打つお湯が一際目を引く、女性に大人気のお風呂です。
美容液が乾燥した素肌に潤いをしなやかさを与えてくれます。

<物語>
陰山殿は伊豆に鷹狩りに来た家康公がその美貌を一目で気に入り、側にあげたと言われている。陰山殿は十男長福丸、十一男鶴千代を産む。家康公が大御所として駿府へ移る時も二人の子供とともに従うなど、ある意味一番幸せな側室であったと言われている。

陰山殿の湯~美容風呂~

効能

浴用の効能 荒れ性、しっしん、ひび、あかぎれ、肩こり、疲労回復、冷え性、うちみ

阿茶の局の湯~絹湯~

<物語>
阿茶の局は25歳で家康公38歳のときである。
利発で各地の陣中にもたびたび同行し、使者に立つなど、側室には珍しい才覚の持ち主で、生涯にわたって家康公の信頼も厚く、政治面でも重要な役割を果たした。

阿茶の局の湯~絹湯~

西郷の局の湯~美人湯~

<物語>
西郷の局は美人でおっとりした人柄で、常に周囲に感謝を示して仕えていたため、家康公に愛されただけでなく、家臣や侍女からも親しまれた。於愛の方の名で有名で、この名も家康公の寵愛から呼ばれたものだった。

西郷の局の湯~美人湯~

築山殿の湯

<物語>
築山殿は今川一門で、家康公16歳の時に嫁ぐ。
長男竹千代、長女亀姫を産む。結婚当初は仲睦まじい夫婦であったが、伯父の今川義元が織田信長軍に打たれたのを境に夫婦の仲は一変する。甲斐の武田勝頼に内通した疑いで、弁明のため岡崎から浜松に向かう途中殺害された。

築山殿の湯

旭姫の湯

高い湯治効果が期待できる打たせ湯。
温泉があたるマッサージ効果と温熱効果が人気。また、滝のように落ちるために生じるマイナスイオンによる鎮静効果も期待できます。

<物語>
旭姫は小牧・長久手の合戦の後、家康公懐柔策のために兄豊臣秀吉の命でそれまで長年仲睦まじく暮らしていた夫と無理やり離別させられ、家康公に嫁がされた。
旭姫44歳、家康公45歳であった。

旭姫の湯

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